法人顧客向けのビジネスコーチングを手掛ける「ビジネスコーチ」が東証グロース市場への新規上場を承認された。上場日は10月20日を予定している。
一般に、上からものを教える「ティーチング」と対照的な人材育成アプローチが「コーチング」である。決まった手続きを覚えるにはティーチングが適切だが、明確な正解がなければ、それができない。
変化の激しい現代において、コーチングが注目されるのは意外ではない。雇用が流動化し、精神面のケアも重要視される中、画一的な育成制度で対応するのには限界がある。
コーチングを専門的に提供するベンチャー企業も生まれている。今年4月に3.3億円調達を発表した「mento」はその一つだ。
このような環境において、ビジネスコーチは言わば「老舗」として成長してきた。今回の記事では、その創業からの沿革からサービス、事業内容、成長戦略までを紐解く。
ビジネスコーチは2005年に設立。代表取締役の細川馨(ほそかわ・かおる)氏は旧セゾン生命保険出身である。
当時のセゾングループといえば、流通産業における一大勢力。西武グループの流通部門を継いだ堤清二が独立し、西武百貨店と西友をコアに発展した。ファミリーマートや良品計画、パルコもかつてはセゾングループの一員だった。
その保険事業部門にあったのがセゾン生命だ。ところが2002年、GEグループ傘下のGEエジソン生命によって合併。2011年にはジブラルタ生命によって買収された。
細川氏の原点になったのは、勤務先の保険会社でコーチングを導入し、独自の営業システムを構築したこと。長年勤め上げたセゾン生命保険が外資に買収されたことが、起業のきっかけになった。
コーチングというと一対一のイメージがあるが、ビジネスコーチが始めたのは一対多型。2006年には「ビジネスコーチスクール」を開講し、個人向けにコーチングスキルを教えるサービスも開始した。
2020年9月期までの売上高はじりじりと拡大するにとどまっていたが、直近では一段と加速。利益も急増した。2020年8月より「オンラインコーチング」を始めるなど、環境に対応している。
同社によれば、ビジネスコーチングとは「ビジネス目標を達成するために、クライアント(人と組織)の行動変容を支援する行為」。特定の業種に限定されず、経営層から新入社員まで、あらゆる層に適用しうる。
プロセスは、大きく三つに分類される。「自己の行動変容を実現する必要があることに気づく」「目標として定めた行動変容を実践して効果があることを確認する」「行動変容を継続し、定着させて成果につなげる」というのがそれだ。
ビジネスコーチは、①観察②承認③傾聴④質問という四つのコミュニケーションスキルを使って信頼関係を築く。心理的安全性を確保しながら、コーチ個人の人的能力、技術を駆使して、顧客の行動変容を支援することになる。
同社のビジネスコーチングは、コーチによる「質問」とクライアントによる「回答」によって進む。その回答は適切であったり、真の課題を認識できていなかったりするが、コーチ側は質問によって「思考の枠を外す」ことを目指すことになる。
「思考の枠を外す」とは、課題の視野、視座、視点という三次元の変化を質問によって明確にし、自らでは考えが及ばなかった領域から課題を考え直すこと。優れたコーチは、そんな質問を多く持つことで成果につなげることができるという。
一対一を基本とする「エグゼクティブコーチング」では、企業トップや経営幹部向けに、通常およそ6か月間を1サイクルとして2回実施し、一年程度にわたって実施される。
パートナーコーチ(外部委託先)として100名以上が登録し、その半数以上は従業員1000名以上の企業出身。三分の一以上は役員、部長職以上のバックグラウンドを持つという。
一対多で提供される「ビジネスコーチング」では、クライアント企業の管理職が良いコーチとして短期間で機能できるようになるため、組織への1on1導入のポイントを実践形式で学ぶ。一回あたりの上限人数は30名だという。
クラウド型で利用できる「クラウドコーチング」もある。システム上で行動変容の目標を立て、目標行動の実行を記録することで、定期的な振り返りを行う。さらに、コーチなどとのコミュニケーションによって目標実現の確度を高めるためのツールだ。
エグゼクティブコーチの権威とされるマーシャル・ゴールドスミス氏が話すクラウドコーチングPR動画。自分のことを「世界一のエグゼクティブコーチで、一番のリーダーシップ思想家で、ニューヨークタイムズのベストセラー作家でもある」と紹介している。
コーチング内容のエッセンス動画を70本ほど配信する「マイクロコーチング」も展開。毎月一本以上を追加し、今後3年でコンテンツ数を倍増させる予定だという。
上記に紹介した以外にも、同社では様々な形態でビジネスコーチングを提供している。先述したように、2020年8月からはビジネスパーソン向けのオンラインコーチングを開始した。2021年9月期、利用者は748名(前年比304%増)にまで拡大。一対一型サービスの売上構成比は23.2%だという。
法人顧客あたりの売上高は320万円(前年比19%増)だった。
現在のビジネスコーチは一対多型が収益の柱とするが、今後は一対一型のコーチングをさらに伸ばしていく方針だ。人材開発投資の投資効果測定は非常に難しく、一対多ではその特性がさらに顕著だからである。
市場環境の面でも、企業向け法人研修市場は約5000億円で横ばい。ビジネスコーチング市場は、そのうち約310億円程度と見られ、全体の6.4%を占めるに過ぎない。
米国においては、この割合が約36%と高い。今後日本もジョブ型雇用へと変化していくにつれ、コーチング市場もさらに拡大する可能性がある。
ビジネスコーチの事業は、現時点における日本の法人需要にいわば適応したものだ。今後上のような変化が起こるとしたら、高品質なコーチをあらかじめ育てておく必要がある。
重要なのは、自社で高品質なコーチを育てること。ビジネスコーチの売上総利益率は70%程度と、労働集約的なビジネスの割には収益性が高い。
同社の採用ページを見る限り、コーチの社員募集はない。あるのは業務委託での「エグゼクティブコーチ」募集で、給与は「日給1円〜」。固定給はなく、経験や能力に応じて料率を決定するモデルだ。
新規上場に際した株式の想定発行価格は2,070円、想定発行済株数は1,104,000株。想定時価総額は22.85億円となる。
参考記事