デジタルセールスを促進するSaaSを提供するベーシックは2日、総額11億円の資金調達を発表。リード投資家はOne Capitalで、i-nest capital、博報堂DYベンチャーズ等を引受先とする。
ベーシックの主な事業は2つ。オールインワン型BtoBマーケティングツール「ferret One」およびフォーム作成管理ツール「formrun」である。
なぜ今この分野で大型の資金調達が可能になったのか。ベーシック代表取締役の秋山勝氏に話を聞いた。
今回調達した資金の用途は、ferret Oneやformrunの機能アップデートや事業成長資金。加えて、今後の新たなSaaSプロダクト開発に向けた採用強化を図る。
ベーシックは2020年12月、比較メディア事業をじげんに譲渡。同時期に、一部の既存株主との資本関係も解消。新たな投資家と次の挑戦を始める。
ferret OneとformrunのMRR(月間ストック収益)構成比は約5:5。この2つのサービスを持つことに対して、リード投資家であるOne Capitalの代表取締役CEOである浅田慎二氏は、「この両⽅の事業を携えたベーシック社なら、⽇本のマーケティングオートメーションを更に進化させることができるという強い確信を持っています」と強調する。
いずれも順調に成長する2つの事業について、それぞれ特徴を説明しよう。
ferret One: オールインワン型BtoBマーケティングツールを標榜する「ferret One」は、サイト制作をノーコードで対応できる上、見込み顧客獲得に必要な、コンテンツマーケティング施策、メールマーケティング施策、セミナー施策、ホワイトペーパー施策など、複数の施策を実行するための機能を1つのツールだけで完結できる点が最大の特徴。
ベーシックが運営するWebマーケメディア「ferret」との相乗効果も大きい。「ferret」は月間550万PV、会員数45万人超の会員を有しており、そこからのリード獲得が見込める。
導入企業はWebマーケティングをこれから始める企業が中心。大企業でもWebに精通しているマーケター人材が組織内にいないケースなどもあり、企業規模問わず利用されていることが契約者数増加の大きな要因となっている。
近年、ローラー営業など従来型のプッシュ型営業をしていた企業でも、Webマーケティングを駆使して営業効率を高めたいというニーズが高まっていた。コロナ禍が背中を押した格好だ。
ferret Oneは、「BtoBグロースステップ」というBtoB事業を成長させるための独自のメソッドを構築し、マーケティングスキルのステップアップが誰でもできるような仕組みを作っている。
「欧米型のSaaSのように、セルフでやってもらうのではなく、学習塾のように自分のレベルに合ったものを使ってこつこつスキルアップできます。説明にもカタカナを極力使わない。そこは大きな差別化要因です」(秋山氏)
元々SaaSツールとして本格的に展開を開始したのは2012年。ferret Oneとしての取引社数は、マーケティングのニーズの高まりに応じて増加し、今年に入って累計1,000社を超えた。
特に成長を支えているのが、BtoB事業者への導入だ。2018年後半以降、それまで全方位で導入を行っていた顧客ターゲットをBtoB事業者に絞り、そのMRR成長率は、導入社数の伸びを大きく超える前年比200%を達成している。
formrun: フォーム作成管理サービスである「formrun」は、ferret Oneと同様ノーコード型のプロダクトだ。Googleフォームのような手軽さで、よりリッチなコンテンツにできるのが特徴だ。
最短30秒でフォームが作成でき、カンバン方式で回答管理できる。フォーム回答があった際にはSlackなどのコミュニケーションツールへ即座へ通知されるなど、回答をチームで管理できることも強みだ。
客層はferret Oneと異なり、よりITリテラシーの高い業界で主に使用されている。Webマーケティングの立ち上げからを支援するferret Oneと異なり、既に運営しているWebサイトのフォームを置き換えるケースが多いためだ。
「フォームの設計はセンシティブで手がかかるわりに、エンジニアやデザイナーにとっては技術的には得るものが少ない。社内の人材にはもっと挑戦的なことをやってほしいと考える企業にマッチしている」(秋山氏)
フォーム作成・メンテナンスは、エンジニアがゼロから作ると少なくとも10時間以上稼働時間がかかる。それをformrunに置き換えた場合、非エンジニアであっても1時間未満にカットが可能だ。
formrunはM&Aによって、2017年からベーシックのサービスとしてスタートした。ローンチして約4年半で10万ユーザーを突破、今年中には約14万ユーザーに達することを見込んでいる。
買収当時はMRR数十万円だったが、その成長率は前年比250〜300%とferret One以上に大きく、今ではそれまでのベーシックの主力事業であったferret Oneと肩を並べるレベルまで成長している。
対象者のITスキルが大きく異なるサービスであるにもかかわらず、ともに取引社数が大きく伸びている。その背景にあるのは、デジタルセールスの領域における専門人材の不足だと秋山氏は指摘する。
「マーケティング手法が複雑化していく中、その組み合わせを各社が駆使してやっていくというのが従来型のやり方。しかし、労働生産人口はこれからも減っていく。将来的にはそのようなやり方では維持管理できなくなる」(秋山氏)
そうした考えから、ベーシックは専門人材不足の課題をノーコードのツールで解決するという軸でプロダクトを作っていく方針を貫く。買収したformrunもその軸の上にあり、ベーシックにとって必要なプロダクトだった。
Webマーケティングメディア「ferret」の前身は、マーケター向けのフリーミアムサービスだった。そこで取引先と話すうち、「部分最適」こそが業界の抱える本当の課題だと気づく。
典型的なのはSEOだ。業者に依頼して順位は上がったものの、肝心の問い合わせが来ないという悩みを聞くことが多かった。見てみると、問い合わせたくなるようなサイト作りができていない。
「インターネットで集客したいのに、その時ごとにトレンドに乗る『手法ドリブン』に陥ってしまう」(秋山氏)
SEOだけではない。マーケティングに成功している会社は、面を押さえてフリークエンシーを稼いでいることに気づいていた。ベーシックは、マーケティングを体系的に理解できる場を作ろうと決意。「ferret」をピボットし、国内最大級のWebマーケティングメディアになった。
今後必要性が高まるとわかっていたものの、専門外の人々にとって、Webマーケティングは難解なものであった。この難解さを解決するため、「Webマーケティングを大衆化する」というビジョンを掲げることにした。
ferret Oneもこの頃に立ち上げた。「ferret」にノウハウ・ナレッジを集め、施策実行に必要な環境を揃えるferret OneというSaaSを作ったというわけだ。
しかし、ferret Oneが波に乗るには時間がかかった。当時からノーコードのプロダクトだったが、「早すぎました。『こういうのはコンセプト倒れになるんだよ』とぼろくそに言われましたね」(秋山氏)。技術面でもまだ粗削りな部分はあった。
しかし、風向きは変わった。理由は3つある。①デジタルセールスにおけるマーケットの需要の急拡大、②ノーコードプロダクトのプレイヤーが増加、③専門人材の不足である。
そこに新型コロナの感染拡大が起こった。ネオマーケティングの調査によると、コロナ禍の影響でマイナスの影響を受けたBtoB企業は約60%。新規のリード獲得に課題を感じていると回答した人は67.7%に上る。
対面で稼ぐ営業が危機的状況になり、Webマーケティングの導入や活用が急務になった。
しかし、まだ多くの企業でWebサイトのシステムにマーケティング担当者が修正を加えるのは難しい。システム業者など、第三者が介在しているからだ。
他人に何度も頼むと「考えてから依頼しろ」と思われかねず、施策実行を躊躇してしかねない。マーケティング担当者が第三者を介さずWebサイトの情報更新ができれば、マーケティング施策を打ち出しやすくなる。
「Webサイトは盆栽と似ている」と秋山氏は言う。客の反応に合わせてちょこちょこ手を入れた方が問い合わせ回数は確実に増えるからだ。「うまくいっている会社ほどすごく手を入れている。誰もが知る成功企業は本当にしょっちゅうWebサイトが変わっている。例外はありません」(秋山氏)。
人間の感情にフォーカスしていけば、プロダクトの進化はもっと違う方向に持っていけるのではないか――それが秋山氏の根幹にある発想のようだ。
ferret Oneの直接の競合は従来型のWebサイト制作会社だ。Webサイトを制作する際に制作会社しか想起できないというのが現状だからだ。ferret Oneの認知度向上が今後のカギを握る。
海外には同じくマーケティングオートメーションで急成長するHubSpotがある。同社は2014年にニューヨーク証券取引所に上場。現在は世界120ヵ国114,000社に導入されている。
同社はマーケティングハブだけでなく、セールスハブ、サービスハブなど複数プロダクトをスイートとして展開。網羅的なプラットフォーム構築を目指している。
HubSpotはスモールビジネス向けが中心だという特徴があるが、ferret Oneは50~300人程度の中規模組織・企業が中心だ。HubSpotもエンタープライズ向けに力を注ぎ始めているが、日本のBtoB市場においてはferret Oneが先行していると言えるだろう。
また、販路という意味では、今回の増資に加わった博報堂DYベンチャーズ等とも、「大衆化文脈で考えた時、連携によってできる商戦もありそう」(秋山氏)。博報堂のアセットに対し、ベーシックのプロダクトやメソッドでアプローチすることも視野に入れる。
ベーシックが今後見据えるのは、「法人取引のプロセスにおけるオタクの集団になる」(秋山氏)ことだという。法人取引におけるプロセスを分解し、「やらなければいけないこと」をインパクトのあるプロダクトで解決していこうとしている。
有名なサービスを創出した場合、社名変更をすることはよくある。ベーシックであれば、「ferret」の看板は大きい。しかしベーシックは、ferretが成長しても名前を変えずにいる。
「ベーシックとは基本という意味。基本というのは『すべてに共通していること』。基本なくして偉大な成果はありません。それに、初心を忘れないことも大切にしたいと思っています」
ベーシックでは現在、オタク的な力を発揮しながら、Webマーケティングの大衆化という難題に共に挑戦する仲間を集めている。